【2007/12/25 19:39】音楽 |
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ものすごーく久しぶりに、たくさんCDを借りてきました。
ツタヤで5枚1000円のキャンペーン中だったので、2回も行ってしまった。
うち1回はダンナと一緒にシェア(?)したんだけど。
しかし彼が持ってきたのが「ドラクエ」と「北斗の拳」だった……
私の借りたいのと一緒にカウンターに持って行くのがすごーくためらわれたので、結局彼に行ってもらった。だってジャケットにどどーんとケンシロウがいるんだもん……
AV借りる人みたいな気持ちになっちゃったじゃない、もう。 ←何か違う
(ちなみにそのCDは「おまえはもう…死んでいる」のセリフが入ってるベスト盤、だそうです)
さて本題。
今回借りてきたのは、oasisとblur以外はほぼ初めて聴く方々のものばかり。
私はどちらかというとイギリスの音楽が大好きなので、どうしてもそちら寄りのものばかり求めてしまう傾向があるのです。
アメリカでも好きな人たちはいるんですが。わりと。cheap trickとか、Todd Rundgrenとか。
でもブラー/オアシス(敢えてカタカナ)の時代に10代を送った身としては、やっぱり彼らの音楽がいつまでも心の中にあるわけなのよ。
初恋の人をいつまでも忘れられなくて、本人(或いは似ている人)ばっかり追い求めてしまうのにも似ていると思う。
そんなんだから、いつまで経っても彼らの音楽しか聴いてない自分にある日ふと気がついたわけですよ。
仕事しながら、ネットしながら、家事しながらiPodやiTunesで毎日毎日聴く音楽。
「最近再生した曲」のリストに、同じアーティスト・同じアルバム・同じ曲ばかり並ぶのを目の当たりにして、「これでいいのか」と自問自答してしまったわけです。
もしiPodやiTunesにこんな機能がついてなかったら、同じ曲ばかり聴いてる自分にいつまでも気づかなかったかもしれない。鈍感さんですから、ワタシ。
同じ曲やアルバムばかりを聴くことが悪いことだとは決して思わない。
けれど、そればかりじゃ何も変わらない。
リスナーとしては成長できない。
そう、思った。
でも同時に、
知らない音楽に手を出すのが少し怖かった。
もう少し私が若かったら、じゃあ次、ってあっさり吹っ切れると思う。
けど、もう私はそんな年じゃないの。
もしそれが自分の求めていたものと違っていたら、と思うとためらってしまう。
そして実際に違っていたら、そのショックからなかなか立ち直れなくなる。
何ででしょうね。
平穏な毎日にすっかり慣れきってしまったからか、冒険するのが怖くなってしまったみたい。
むしろ冒険する勇気がなくなってきたんだと思う。
「新しいものに手を出すことのリスク」を知ってしまった今の年齢の私は、きっと何年か前の私よりも更に頑固になってしまっているんだろうな。
結論。
ライナーノーツやレビューだけじゃ音楽は伝わらない。
自分の耳で確かめないとわからない。
このあまりにも当たり前すぎることに、今更ようやく気がつきました。
「○○中が大絶賛!」
「◇◇は必聴!」
「●●を聴いて損はない!」
こんな安っぽいレビューの言葉がいかに説得力に欠けるのか。
身をもって再確認した次第でございます。
もちろんその逆もあって、世間の評判はイマイチなのに私的には「すげーよこの人」と思ってしまう音楽だってあるわけで。
(それが何かはあえて伏せておきます)
結局、音楽の好き嫌いは、他人にどうこう言われる問題じゃなくて、自分が好きであれば別にそれでいいんだと思う。
食べ物とかお酒とか、服装とか、お笑いのネタとか、そういうものと一緒で、自分が好きならそれでいいじゃない。
その好きなものに対して、好きな理由とか言ってても意味がない。それは嫌いなものも同じだと思う。
だって、好き嫌いって結局、その人の主観でしかないから。
主観っていうのは理屈でどうにかなる問題じゃなくて、その人の直感に基づくところが大きいから、それは仕方ないと思う。
大多数の人たちが好きなものを、私も好きだとは限らない。
嫌いなものも同様。逆もまた然り。
本物に触れる前に、他人がそれについてどうのこうの言ってるのを聞いて、変な先入観を持ってしまうこと。
これがいちばんダメなことなんじゃないかって、つくづく思いました。
しかし…
具体的な名称(アーティスト名)を伏せたから説得力に欠ける文章だなぁ……。
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