【2008/01/26 15:02】音楽 |
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ポルノグラフィティ「ネオメロドラマティック」を聴いてみました。
ヘッドホンで聴いてみたら、歌詞がすごく耳について気になって。
その中でも
「砕かれコンクリートになった岩のために祈った」
というところで
葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」を思い出したのは私だけでしょうか。
「セメント…」は、あらすじが書いてある文学史の教科書を見ただけで、絶対読みたくないと思った記憶がある。
だって、普通に考えてもありえない話じゃないか。
それでもテスト範囲ということで、作者と作品名と文学ジャンルだけは渋々覚えたんです。
その約4年後。
今度は大学の授業で取り上げられた。
しかもよりによって、国文学各論。
必修のうえ必ず単位をもらわないと卒業できない科目。
つまり、どうやっても必ず受けないといけない授業。
心を必死に殺して冷静に読もうとしたけど、やっぱりダメだった。
しかしこれが授業中じゃなくてひとりで自室で読んでたら、どうなってたかわからん。
途中で気分悪くなって倒れそうになりました。
読んで終わり、っていうんだったらまだ耐えられたかもしれない。
でも、その後に、この物語に対する様々な考察をしていかなければならない。
地獄でした。
その授業の後の何日間かは、ずっと気分は最悪でした。
私はどうも感受性が強すぎるらしく、ちょっとでもグロい作品に触れるとこうなってしまう。
しかも映画やドラマなどの映像よりも、文字だけの本の方がより強くダメージを受ける。
あの後しばらくはセメント色のもの見るだけで吐き気がしてきた。
作者に対しては、伝えたいことは充分わかったけど、他になにか方法はなかったのかよ、とただた恨めしい気持ちを抱くばかり。
他にどんな作品を書いていようが、もうすっかり読む気はないです。
しかもしかも、この作品は高校の国語の教科書に取り上げられているらしいですね。
私が教えていた時の教科書には載っていませんでしたが、ある会社の教科書には載っているそうです。
その作品を授業で教えることになったある高校の先生のブログを拝見しましたが、もう生徒たちがかわいそうでかわいそうで。
もし私が教師時代にこの作品を教えなければいけなくなったとしたら、私は間違いなく辞表を出していたと思う。
だって、授業でやらなきゃいけないっていったって、別にこの作品をどうしても扱わなくちゃいけない理由はないでしょう。他の教材に変えればいいだけの話であって。
生徒の中には、昔の私と同じような拒否反応を示す子だってきっといるだろうし。
教材の内容があまりにもグロすぎて、生理的に受け付けないのに、それを教師が無理矢理押し付けていいはずがない。生徒にとって絶対にいいはずがないでしょう。トラウマになるだけです。
これは、国語だから言えることであって、他の教科にそのまま同じことが言えるわけではないので誤解しないでほしい。
国語は似たような教材は探せばいくらでもあるし、なければ教師自身、あるいは生徒たちで作ればいいんです。極端な話、教科書なんかなくても授業はできる。
教科書があるのは、教師側の都合なんです。
毎年教科書に載ってる教材がほとんど変わらないのも、先生が楽したいから。
去年教えた教材が今年も載っていれば、ほとんど教材研究しなくても去年したやつを使い回せばいいから。つまりは、そういう理由なんです。
だからいつまで経っても同じところをぐるぐる回ってるだけ。
教科書をきちんとやったって、それでセンター試験でいい点数が取れるか?
二次試験の記述問題をきちんと解けるか?
日常生活で使う言葉遣いや手紙のマナーを正しく身に付けることはできるか?
答えは決してイエスではないはず。
教科書を死ぬほど読んだって、試験科目としての国語、そして読み書きの力はそんなにつかないはず。(小学校とかのレベルの話ではないですよ)
そもそも国語という科目ほど、試験科目として怪しいものはないですよ。
だって、読み書き、聞き話すという基本的な国語の能力と、国語の試験問題を解く能力は、決して同じものではないのですから。
私が過去教えたことのある生徒で、すばらしい文章を書く感性のある子が何人かいました。
でも、彼らのテストの成績は、必ずしも上位にいるわけではないんです。
反対に、めちゃくちゃな感想文を書く生徒が、点数はわりと良かったり。
そんなもんなんです。
所詮、今の国語の試験のやり方では、本当の「国語力」なんて絶対にはかれない。
だから私は、高校の国語科、そして大学入試の試験科目としての国語には、ずっと疑問を抱き続けてきたんです。
3年半の短い教師経験ぐらいでその答えが出るわけはないですがね。
話が思わぬ方向に行ってしまいました。
絶対にしたくないことでも、どうしてもしなきゃいけないときというのは、人生ままあること。
それをしないか嫌々でもするかは自分しだいですが、
結果的にその経験を今後どう生かすかというのが最大の課題ではないでしょうか。
私は、教師になったときに、教えられる生徒の気持ちを考えて配慮するという大切なことを、この経験から教えてもらったと思います。
↑↑何かの面接の模範解答みたい。
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