[It's a] witz wits world 

(特にWitz/sレーベルの)音楽がないと確実に死んでしまう私の日常。

#12 Boys & Girls [Parklife/Blur]

【2008/01/31 20:27】MusicReview | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

今日は洋楽、いきます。

10年以上前の曲ですが
このベースを超えた曲に私はいまだ出会っていません。


とにかく、ベースが好きすぎて死にそう。


Alexに惚れてから13年ほどが経ちました。
Damonの声は実はあんまり好きじゃないの。ほんとは。
でもその分差し引いてもBlurは大好き。

彼らもいまやいい年のおっさんだと思うと涙が出そうになります。
時の流れが速すぎて。


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La Bossanova de Fabienne

【2008/01/30 22:37】音楽 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)



Staccato two-f名義だったけど
やっぱりこの曲もボーカルSanaさんだったんですね。
動画サイトのタグに納得。


あれは今から8年ほど前。
初心者マークがようやく取れかけてた頃。
ワンダースワンでプレイして衝撃を受けた曲。
唯一スクラッチ使わない曲。


最近ビーマーとしての腕が衰えてきている私は20代後半ですが、何か。


7鍵はできません。
5鍵専門ビーマーですが、何か。

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あの曲のタイトル。

【2008/01/29 22:47】どうでしょう | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

以前の記事で書いたヨーロッパリベンジの曲ですが

ABBA "Gimme! Gimme! Gimme!" です。

ただ番組でかかってたのはカバーバンドかと思われますが、よくわからん。
元曲は間違いなくこれですよ。

最近mp3を手に入れたので、よく聴いてます。
膝を叩きたくなります。やっぱり。

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シンデレラ・ストーリー。

【2008/01/29 20:15】音楽 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

とある会社の受付嬢が、音楽関係者の目に留まって、歌手デビュー。


そんなドラマみたいなストーリーが実際にあるのです。
しかもこの日本で。


彼女の名前は新谷さなえさん。
歌手としてのお名前はSanaさんといいます。


なぜこんなことになったのかというと。
彼女のお勤め先は、
beatmaniaシリーズでお馴染みのあのKONAMIと言えばもうおわかりかと。



ちなみにSanaさんは、beatmaniaシリーズの大ヒット、ひいては会社への貢献ということで、現在は受付嬢から昇格なさったらしいです。


beatmaniaシリーズご存知の方なら、たぶんどこかで一度は耳にしたことがあるはず。
「Miracle Moon」や「サナ・モレッテ・ネ・エンテ」が彼女の歌ですよ。
いやいや、こんな歌うまい人を受付嬢にしとくなんてもったいないもったいない。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


で、なんで今日はこのお話かと言いますと。


そんな夢みたいなお話、私の身にも降り掛かってこないかしら・・・
という淡い期待(?)を込めまして。


いいじゃない、たまには。
こんなお話も。





ちなみに当方
MANMACHINE PLAYS JAZZ が
一応得意曲ですが、何か。

↑ふるいなー。

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こんな人、いるかな

【2008/01/26 15:02】音楽 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

ポルノグラフィティ「ネオメロドラマティック」を聴いてみました。
ヘッドホンで聴いてみたら、歌詞がすごく耳について気になって。

その中でも
「砕かれコンクリートになった岩のために祈った」
というところで
葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」を思い出したのは私だけでしょうか。



「セメント…」は、あらすじが書いてある文学史の教科書を見ただけで、絶対読みたくないと思った記憶がある。
だって、普通に考えてもありえない話じゃないか。
それでもテスト範囲ということで、作者と作品名と文学ジャンルだけは渋々覚えたんです。

その約4年後。
今度は大学の授業で取り上げられた。
しかもよりによって、国文学各論。
必修のうえ必ず単位をもらわないと卒業できない科目。
つまり、どうやっても必ず受けないといけない授業。
心を必死に殺して冷静に読もうとしたけど、やっぱりダメだった。
しかしこれが授業中じゃなくてひとりで自室で読んでたら、どうなってたかわからん。
途中で気分悪くなって倒れそうになりました。
読んで終わり、っていうんだったらまだ耐えられたかもしれない。
でも、その後に、この物語に対する様々な考察をしていかなければならない。


地獄でした。


その授業の後の何日間かは、ずっと気分は最悪でした。
私はどうも感受性が強すぎるらしく、ちょっとでもグロい作品に触れるとこうなってしまう。
しかも映画やドラマなどの映像よりも、文字だけの本の方がより強くダメージを受ける。
あの後しばらくはセメント色のもの見るだけで吐き気がしてきた。
作者に対しては、伝えたいことは充分わかったけど、他になにか方法はなかったのかよ、とただた恨めしい気持ちを抱くばかり。
他にどんな作品を書いていようが、もうすっかり読む気はないです。

しかもしかも、この作品は高校の国語の教科書に取り上げられているらしいですね。
私が教えていた時の教科書には載っていませんでしたが、ある会社の教科書には載っているそうです。
その作品を授業で教えることになったある高校の先生のブログを拝見しましたが、もう生徒たちがかわいそうでかわいそうで。

もし私が教師時代にこの作品を教えなければいけなくなったとしたら、私は間違いなく辞表を出していたと思う。
だって、授業でやらなきゃいけないっていったって、別にこの作品をどうしても扱わなくちゃいけない理由はないでしょう。他の教材に変えればいいだけの話であって。
生徒の中には、昔の私と同じような拒否反応を示す子だってきっといるだろうし。
教材の内容があまりにもグロすぎて、生理的に受け付けないのに、それを教師が無理矢理押し付けていいはずがない。生徒にとって絶対にいいはずがないでしょう。トラウマになるだけです。

これは、国語だから言えることであって、他の教科にそのまま同じことが言えるわけではないので誤解しないでほしい。
国語は似たような教材は探せばいくらでもあるし、なければ教師自身、あるいは生徒たちで作ればいいんです。極端な話、教科書なんかなくても授業はできる。

教科書があるのは、教師側の都合なんです。
毎年教科書に載ってる教材がほとんど変わらないのも、先生が楽したいから。
去年教えた教材が今年も載っていれば、ほとんど教材研究しなくても去年したやつを使い回せばいいから。つまりは、そういう理由なんです。
だからいつまで経っても同じところをぐるぐる回ってるだけ。

教科書をきちんとやったって、それでセンター試験でいい点数が取れるか?
二次試験の記述問題をきちんと解けるか?
日常生活で使う言葉遣いや手紙のマナーを正しく身に付けることはできるか?
答えは決してイエスではないはず。
教科書を死ぬほど読んだって、試験科目としての国語、そして読み書きの力はそんなにつかないはず。(小学校とかのレベルの話ではないですよ)
そもそも国語という科目ほど、試験科目として怪しいものはないですよ。
だって、読み書き、聞き話すという基本的な国語の能力と、国語の試験問題を解く能力は、決して同じものではないのですから。

私が過去教えたことのある生徒で、すばらしい文章を書く感性のある子が何人かいました。
でも、彼らのテストの成績は、必ずしも上位にいるわけではないんです。
反対に、めちゃくちゃな感想文を書く生徒が、点数はわりと良かったり。
そんなもんなんです。
所詮、今の国語の試験のやり方では、本当の「国語力」なんて絶対にはかれない。
だから私は、高校の国語科、そして大学入試の試験科目としての国語には、ずっと疑問を抱き続けてきたんです。
3年半の短い教師経験ぐらいでその答えが出るわけはないですがね。




話が思わぬ方向に行ってしまいました。
絶対にしたくないことでも、どうしてもしなきゃいけないときというのは、人生ままあること。
それをしないか嫌々でもするかは自分しだいですが、
結果的にその経験を今後どう生かすかというのが最大の課題ではないでしょうか。

私は、教師になったときに、教えられる生徒の気持ちを考えて配慮するという大切なことを、この経験から教えてもらったと思います。

 ↑↑何かの面接の模範解答みたい。

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それで、本題。

【2008/01/24 19:55】どうでしょう | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)

で、肝心の「書こうとしてた記事」なんですが。
(すぐ下の記事の通りトラブルが発生)

弟から電話がかかってきまして。

珍しいなー、いつもは私からかけることが多いのに、
と思って普通に出ましたら、なんと、

「今わぁ(=自分)の隣にふじむらがいる」と言うじゃないですか。

お姉ちゃんびっくりだよ。
思わず声ひっくり返っちゃったよ。


「えぇぇぇ・・・???
 ふじむらって、あの藤村D?」

「うん。どうでしょうのふじむら。」

なんでなんでなんで?

いったい、どういういきさつでそんなことになったんだ弟よ。

聞けばなんでも、大学のOBとして授業の講演をしにいらしたとか。
そうかそうか・・・同じ大学だもんな、学部違うけど。

で、授業終わった後、学生たちが藤村Dにアリのように群がっていたそうです。
なんとか苦労して撮った写メももらった。
間違いなく藤村Dでした。

ちなみに弟はそんなにどうでしょう見てないです。
たまに見るけど、そんなに「バカ」ではない、いたって普通の人。
しかししかし、授業を受けてた学生の中には、やっぱりいるんだな、「バカ」が。
その「バカ」は前列の方に陣取り、おもむろに「まんじゅう」を渡したとか。
すかさず魔神ふじむらは、それに手をつけたとか。
そしてこうのたまったそうです。

「いいですかぁー、ぼくはただ甘いものが好きなだけなんですよぉー。
それがたまたま近くに甘いものがダメな人がいただけでー。
別に甘いものバカみたいに食わなくても、甘いもの嫌いなヤツがそばにいればねー、
もうそれだけで誰でも“魔神”になれるんですよぉー。」
(あくまでも伝聞のため一字一句上記の通りではないです)


あぁ、その授業、お姉ちゃんも受けたかったよ。
猛吹雪だけど北海道まで行っちゃうよ。

その授業を受けられた学生は、すごく幸せだと思う。
ごくわずかな人しか、藤村Dの「学校の授業」としてのお話を聞けなかったんだから。


ちなみにサインはもらえなかったようです。
そんな弟には、もっとアグレッシブに人垣をかき分けるワイルドさを持ち合わせてほしいなぁと、姉は思うのです。

しかしちゃんと弟が大学に行ってるのには安心しました。
うん。
3年前の2月に、受験予定の大学の事務から「高校の成績証明書が入ってません」と電話があって、
締め切りまであと2日という極限状態でどんだけ走り回ったことか。
なんとか間に合って、あと2日後に二次試験という時になって、実家から「あのさ、そっちにセンターの受験票、ない?」と言われて、青くなって再び郵便局に走っていったねぇ。


それもこれも、私がいなかったら弟はいまごろふじむらの授業も受けられなかっただろうに。
ねぇ。


人生って、いろんなところでつながってるなぁ。
うん。

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